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水戸地方裁判所 昭和51年(ワ)438号 判決

原告

黒田理子

被告

五十嵐保男

ほか二名

主文

被告ら三名は、各自原告に対し金九七三万六四九六円及びうち金八八五万一四九六円に対する被告五十嵐保男、同五十嵐己知江につき昭和五二年一月一四日以降、被告菅沢正幸につき同年五月一七日以降各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、全部被告らの負担とする。

この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

原告は、「被告ら三名は各自原告に対し金一〇三二万七四九六円およびうち金九〇〇万一四九六円に対する被告五十嵐保男、同五十嵐己知江につき昭和五二年一月一四日以降、被告菅沢正幸につき同年五月一七日以降各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、並びに、仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一  事故の発生

(一)  事故発生の日時 昭和五〇年一〇月二七日午後三時五〇分

(二)  事故発生の場所 茨城県笠間市笠間一九七三番地先路上

(三)  加害車両 普通乗用自動車「茨五六せ九〇八号」(以下本件加害車という)

(四)  運転者 被告 菅沢正幸

(五)  同乗者 被告 五十嵐己知江

(六)  事故の態様 被告己知江は、本件加害車を運転ドライブ中知り合つた被告菅沢を同乗させ、途中被告己知江の許諾のもとに運転を交替した被告菅沢が同車を暴走させて歩道に乗り上げ、歩道上を歩いていた帰校途上の原告に衝突させ、同人をはねとばし重傷を負わせた。

(七)  傷害の程度 右大腿骨々折、左骨盤骨折、左上腕頸部骨折、右膝蓋骨折、頭部打撲、全身打撲擦過傷、肺炎合併症

(八)  入院 昭和五〇年一〇月二七日から昭和五一年二月二五日まで(一二二日間)関医院

通院 昭和五一年二月二六日から同年四月二四日(五七日間)関医院(二日間)マツサージ治療(週一日)

(九)  後遺症 肘関節及び肩関節の機能に著しい障害を残す(昭和五一年四月二四日症状固定)。

(一〇)  原告は本訴提起後も本件事故による傷害につき手術を要し東京の厚生中央病院に入院及び通院した。

1  入院 昭和五一年七月二八日から同年八月三〇日まで(三四日間)

昭和五二年八月一三日から同月三一日まで(一九日間)

合計五三日間

2  通院 昭和五一年七月二〇日から同月二七日までの間(一日間)

昭和五一年八月三一日から昭和五二年八月一二日までの間(八日間)

昭和五二年九月一日から昭和五三年一月一二日までの間(七日間)

二  責任原因

(一)  本件加害車は被告保男の出入の業者から贈与を受けたか、或いは貸与を受けていたもので、被告保男と被告己知江は本件加害車の共同保有者であつて同車を自己のため運行の用に供していたものである。すなわち、被告己知江は当時未成年者であつて就職もしておらず、定収もなく右加害車の維持管理の費用は、父親である被告保男が負担していたものであるから、かかる場合、当然に父親である被告保男も自賠法三条の責任を負うべきことは確定した判例である。なお、右事故は本件加害車の借主である被告菅沢の惹起した事故であるから、貸主である被告保男、同己知江が責を負うべきはいうまでもない。

(二)  被告菅沢は、無免許で無謀運転を行ない、前方不注視等の過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条、七一〇条による責任がある。

三  損害 金一三九二万一四九六円

(一)  傷害

1  治療費 金二八万三三三〇円

本訴提起後の入、通院につき金二〇万一四四九円

2  付添看護料 金二四万四〇〇〇円

(一日二〇〇〇円として一二二日分)

3  入院雑費 金六万一〇〇〇円

(一日五〇〇円として一二二日分)

本訴提起後の分金二万六五〇〇円

(一日五〇〇円として五三日分)

4  慰藉料 金二二七万二〇〇〇円

重傷入院一二二日間 金八五万五〇〇〇円

本訴提起後の入院分 金三七万五〇〇〇円

通院五七日間 金一四万二〇〇〇円

本訴提起後の通院分 金九〇万円

(一ケ月五万円として一八ケ月間)

以上合計 金三〇八万八二七九円

(二)  後遺症 第九級

肘関節および肩関節の機能に著しい障害を残す。一上肢の二関節の機能に著しい障害を残すもの。後遺障害別等級表第一〇級の10に、二後遺症が該当。第一三級以上に該当する身体障害が二以上ある(肘関節および肩関節の障害)ので、一級繰上げた第九級の後遺症に相当。

1  後遺症慰藉料 金三九二万円

2  逸失利益 金六九一万三二一七円

一八歳の女子給与 年額八七万六七〇〇円

一五歳のホフマン係数 二二・五三〇

(原告は当時一五歳である。)

労働能力喪失率 三五パーセント(九級)

八七万六七〇〇円×二二・五三〇×〇・三五

以上合計 金一〇八三万三二一七円

四  損害のてん補

自賠責保険金を傷害につき金一〇〇万円、後遺症につき金三九二万円を受領済みであるから、これを右損害額にてん補すると、残額は金九〇〇万一四九六円となる。

五  弁護士費用

原告は、本件訴訟代理人弁護士との間で弁護士会所定の報酬会規第一八条にもとづき、本訴訟の着手金として金六六万三〇〇〇円および成功報酬(全額認容の場合)として同額、合計金一三二万六〇〇〇円の支払を約束した。

六  よつて、原告の蒙つた損害額は、右弁護士費用を含め合計金一〇三二万七四九六円となるので、原告は、被告ら三名に対し損害賠償金として右金額およびうち弁護士費用分を除く金九〇〇万一四九六円に対する各被告につき訴状送達の日の翌日である請求の趣旨掲記の各起算日から右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求めるため、本訴に及ぶ。

被告保男、同己知江は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。

一  請求の原因第一項の事実中、(一)ないし(五)は認めるがその余は不知。

二  同第二項の事実中、(一)の被告保男が本件加害車の保有者であるとの点は否認するが、被告己知江が保有者であるとの点および同人が当時未成年者であり、就職していなかつたことは認め、(二)は不知。

被告己知江は、被告保男に無断で本件事故直前に本件加害車を訴外人より借受けたもので、被告保男は何ら指示、支持、援助をしていない。また被告保男は、右車両に同乗したことも一度もなく、右車両より何らの利益を享受していなかつたし、右車両の維持管理費用は被告己知江の負担においてなされたもので、被告保男がその負担方につき相談を受けたこともなく、父は勿論母の援助も受けていなかつた。すなわち、被告保男には本件加害車に対する運行利益の帰属もなく、運行支配権もなかつたのであるから、自賠法三条の責任を負うべき謂われはない。

三  同第三項の事実は全部不知。

四  同第四項の事実は認める。

五  同第五項の事実は不知。

六  同第六項は争う。

被告菅沢は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁としてつぎのように述べた。

一  請求の原因第一項の事実中、(一)ないし(五)は認め、(六)のうち被告菅沢が被告己知江の許諾のもとに運転を交替した点は認め、その余は争い、(七)ないし(一〇)は不知。

二  同第二、三項の事実は争う。

三  同第四項の事実は認める。被告菅沢は昭和五一年四月二四日原告に対し本件交通事故の損害賠償の一部として金一五万円を弁済した。

四  同第五、六項の事実は争う。〔証拠関係略〕

理由

一  当事者間に争いない事実に成立に争いない甲第二号証、丙第一ないし第三号証及び被告五十嵐己知江、同菅沢正幸各尋問の結果を総合すると、昭和五〇年一〇月二七日被告己知江は、友人の被告菅沢に頼まれて本件加害車を運転して石岡市まで被告菅沢の荷物を取りに行つてやつた帰途、胃が痛んだため運転免許を有しない被告菅沢が運転を替り、助手席に右己知江を乗せ、同日午後三時五〇分頃茨城県笠間市笠間一九七三番地先道路上を時速五五粁位の速度で進行中、対向車を避けるため左にハンドルを切りすぎて歩道上に乗り上げ、その衝激でアクセルを誤まつて踏み込んで本件加害車を暴走させ、歩道上を歩いていた下校途中の原告に衝突させ、原告に対し右大腿骨々折、左骨盤骨折、左上腕頸部骨折、右膝蓋骨折、頭部打撲、肺炎合併症の重傷を負わせたことが認められ、他にこの認定を妨げる証拠はない。

二  右事実によると、本件事故は被告菅沢の無謀運転、前方不注視等の過失に基因することは明らかであるから、同被告は民法七〇九条、七一〇条に因る損害賠償責任を有するものというべく、また被告己知江が当時本件加害車を自己のため運行の用に供していたことは同被告の自白するところであるから、同被告は自賠法三条本文に基づく損害賠償責任がある。

つぎに被告保男の有責事由の有無について判断するのに、前記丙第一号証及び被告五十嵐己知江本人尋問の結果を総合すると、被告己知江(昭和三二年七月一三日生)は、当時親がかりで料理学校や洋裁学校に通つている学生の身分であつたもので、本件事故の二ケ月位前に被告保男から一〇万円位出してもらつて普通自動車の運転免許を取得したものであること、本件加害車は、被告保男が営んでいる建設土木関係の仕事上の知人である訴外坂本たけしが、本件事故の一ケ月位前に、被告己知江に対し空いている車だから乗つていても良いと言つて置いて行つたもので、爾来これを被告保男方前の空地に置いて被告己知江が自分の遊びなどに乗り廻していたものであること、本件加害車の修理を被告保男の使用人の兄が経営している整備工場に頼んでしてもらつた修理代八万円位や、ガソリン代などは被告保男が被告己知江に小遣いとして与えた金員から支出されていること、本件事故後の強制保険金の受給手続や本件加害車の廃車手続などの跡仕末はすべて被告保男においてなしていることを認めることができる。被告保男は、本件加害車は被告己知江が被告保男に無断で勝手に訴外坂本から借り受け被告己知江自身の責任で維持管理していた旨主張し、被告五十嵐己知江本人尋問の結果中には右主張に副う趣旨の供述部分があるけれども、右認定の事実に徴するとたやすく信用し難く、却つて、右事実によれば、訴外坂本は被告保男を信用し同被告に利益を供与する目的で本件加害車を貸与したもので、同被告もこれを一ケ月も放置して被告己知江の使用を黙認していたものと推認され、被告保男は本件加害車を被告己知江のために借り受けてやつたものと同視し得るのであつて、被告己知江は未成年であり、かつ就職もしておらず、定収もないのであるから、結局において本件加害車の維持管理の費用は父親である被告保男が出捐していたものと言い得るから、かかる場合、父被告保男もまた自賠法三条本文による保有者責任を負担するものと解するのが相当である。

三  そこで、原告が本件交通事故によつて受けた前記傷害によつて蒙つた損害の額について検討する。

前記甲第二号証、成立に争いない甲第三、四号証、第七ないし第一〇号証及び原告法定代理人黒田宮子尋問の結果を総合すると原告は、本件事故による受傷後直ちに笠間市御旗前所在関医院に入院し昭和五一年二月二五日まで一二二日間治療を受け、その後同年四月二四日までの間実日数二日間同医院に通院して治療を受け、さらに東京都目黒区三田一丁目所在厚生中央病院に昭和五一年七月二八日から同年八月三〇日までと昭和五二年八月一三日から同月三一日までの二回にわたり計五三日間手術のため入院治療を受け、昭和五一年七月二〇日から昭和五三年一〇月一三日までの間実日数一六日同病院に通院して治療を受けたが、完治せず、左上腕骨は頸部及び肘関節部で変形治癒を呈し、肩関節の関節の弛緩が認められ圧痛及び運動痛が著明であり、肘関節は不全強直を呈し屈曲位で伸展不能であり、ROMは六〇度~九五度で三五度の可動域を有するのみで、左大腿骨骨折後左膝関節にも屈曲制限あり正座不自由である後遺障害を残しており、右後遺症は生涯治癒の見込が殆んどないことが認められ、これによつて原告はつぎの損害を受けたものと認められる。

(一)  治療費

関医院分 二八万三三三〇円

厚生中央病院分 二〇万一四四九円

(二)  付添看護料 二四万四〇〇〇円

関医院入院中の一二二日間付添看護を必要としその間原告の母宮子が付添つたもので、その労働価値を一日につき金二〇〇〇円と評価するのが相当である。

(三)  入院雑費 八万七五〇〇円

一日五〇〇円を相当とするので、関医院入院一二二日分と厚生中央病院入院五三日分として計算した額

(四)  入、通院期間の慰藉料 二二七万二〇〇〇円

原告が本件受傷後現在にいたるまで長期間にわたる入、通院を止むなくされたことによる精神的肉体的苦痛は察するに余りがあり、これを慰藉するには原告の主張するとおり金二二七万二〇〇〇円をもつて相当とする。

(五)  後遺症による慰藉料 三九二万円

原告が前記の如き今後機能回復の見込が殆んどない後遺症(一上肢の二関節の機能に著しい障害を残すものとして後遺障害別等級表第一〇級の10に二後遺症が該当し、第一三級以上に該当する後遺症が二以上あるので、一級繰上げた第九級の後遺症と認めるのを相当とする)によつて受ける精神的肉体的苦痛は甚大なるものと認められ、これを慰藉するには金三九二万円が相当である。

(六)  逸失利益 六九一万三二一七円

原告は、事故当時一五歳の無職者であるが、就労可能年齢の一八歳に達したのち就労可能の年数労働によつて女子の平均給与額年額八七万六七〇〇円程度の労働収入を得べきところ、前記後遺症によつてその労働力は相当に制限を受け(その労働能力喪失率は三五%とみるのが相当)、これによつて得べかりし利益を喪うべきことはみやすい道理であるから、これを金額に換算すると、原告主張の如き算式により金六九一万三二一七円とするのが相当である。

(七)  弁護士費用

原告は被告らに対する本訴の提起、遂行方を原告代理人弁護士に依頼し、弁護士会所定の報酬規定に基づき、着手金六六万三〇〇〇円、成功報酬同額、計金一三二万六〇〇〇円を支払うことを約したことが認められるけれども、本訴事件の難易の程度及び後記認容額等を参酌すると、右認容額のほぼ一割相当額に当る金八八万五〇〇〇円をもつて本件不法行為と相当因果関係の範囲にある損害と認めるのが相当である。

四  原告は、自賠責保険金を傷害につき金一〇〇万円、後遺症につき金三九二万円を受領済みである旨自陳し、成立に争いない乙第一号証によれば損害賠償金の一部として金一五万円を被告菅沢から受領済みであることが認められるので、これを前項(一)ないし(六)の損害額にてん補すると、その残額は金八八五万一四九六円となるから、被告らは各自原告に対し右残額と前項(七)の弁護士費用分を加えた合計金九七三万六四九六円及びうち弁護士費用分を除く金八八五万一四九六円に対する本件不法行為後の被告保男、同己知江につき昭和五二年一月一四日以降、被告菅沢につき同年五月一七日以降各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。

五  よつて、原告の本訴請求は、右の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべく、その余は理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

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